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1950年代から80年代にかけて、心理学者バージニア・サティアは人間関係論のさきがけとして最も影響力のある一人だった。
家族療法の祖母とよく呼ばれるように、サティアは何千人という夫婦や家族間の葛藤を解決し、もっと楽しく一緒に暮らせるように援助した。
彼女は自分の領域についてはエキスパートであったが、一つだけ問題があった。自分のしていることを他人に教えることができなかったのだ。
何百人もの人が彼女のところに学びにきたが、いったんセミナーが終わると、大体において誰も、彼女のやり方を真似出来なかったのだ。
ある日サティアは学生達の前で実演していた。彼女はクライアントであるカップルに話しかけるのを途中でやめ、誰か学生の中で、彼女の技法を続けることができるかと聞いた。
学生たちは順番にカップルの援助を試みたが、誰もバージニアが、どうやって、どんな発言をするかを決めているかをわかる者はいなかった。
部屋の後ろには、そのトレーニングセッションを録音している若い男性がいた。彼の名前は、R・バンドラーといい、コンピュータープログラマーであり、言語学の大学院生であった。彼はそれ以前に心理学の勉強をしたことはなかった。
サティアの学生達がことごとく失敗した後に、バンドラーが部屋の前にやってきて、カップルに話してみようと申し出た。
驚いたことに彼は、バージニアがどのように、カップルに対して、質問と提案を構成しているかよく知っているかのようだった。
彼の話を聞いていると、まるでサティアの話を聞いているかのような錯覚をしてしまいそうだった。学生達は狼狽した。
この若い男はいったい何者なのか? そして彼はどうやって、サティアの技法をそんなにも正確に真似することができたのだろうか?
1976年にR・バンドラーと言語学の教授のジョン・グリンダーは、コミュニケーション、行動の変革、そして物事を教えるということについて、彼らが発見したことを本に表し、その後続いた数冊のきっかけとした。
その最初の本「魔法の構造」『The Structure of Magic』は、
脳の使う内部の言葉(神経言語)を理解すれば、
誰でもが最も優れたコミュニケーション専門家や教師や治療家と同じようなことが出来るようなるのだ
・・・・と説明している。
本を出版するにあたり、バンドラーとグリンダーは技法をモデルとさせてもらったエキスパートたち、催眠療法家のミルトン・エリクソン、人類学者のグレゴリー・ベイトソン、そしてもちろんサティアなどに原稿を見せた。
サティアのコメントは(後に紹介する)、それ以来教師達がNLPの魔法の構造を学ぶにつれ、世界中で表明してきた興奮をよく表している。
この逸話のようにR・バンドラーはきわめてモデリング能力、物事の本質を洞察する能力に長けていたのだろう。
NLPとはまさしく成功者・卓越した人が、どうやって成功しているか研究して開発されたのである。
バージニア・サティア氏のコメント「魔法の構造」前書きより
“この前書きを、興奮と驚きという個人的な感情を抑えながら書くことはとても出来そうにありません。
私は家族療法の教師として長年やってきました。私はどうやって変化を起こすかということについて、持論があります。その知識が今、バンドラーとグリンダーによって大きな進歩を遂げました。
彼らは「どうやって」、つまり方法を可能にさせるために、「何が」必要なのかを具体的に明快に示せる人達だったのです。”

