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お金と生命



 経済とは経世済民(けいせいさいみん)『世の中を通じて民を助けること』がその意味であるそうです。
本来、世のため人のためになるのが経済のあるべき姿なのです。ところが現実はそうはなっていないようでです。

 日本という国の財政は何十兆という赤字を抱え、しかもそれは増え続けています。その様子は病気で例えれば「末期症状」というべきでしょう。またこれは日本に限った話ではなく、世界に目を向けてみても「貧富の差」「貧困問題」は大変な状況です。


 「マクロシフト」という本によると世界の10億人以上の人々が極貧であり、世界人口の三分の二が相対的に貧困状態にあり、また世界の都市生活者の三人に一人がスラム、貧民街に住んでいるそうです。
 一方、今日のニュースではプロ野球のある選手が22億円で大リーグに移籍するというような記事がでていました。

 はたして、このような富・お金をめぐる不均衡が存在する社会が「豊か」なのだろうかと考えてしまいます。
 資本主義社会の歪(ひずみ)が環境破壊・貧困問題・食糧問題・教育問題と様々な社会現象としてあらわれているわけですが、お金に関して言えば、資本主義社会が変化してもなくならないでしょう。

 最近では電子マネーなど携帯電話で決済ができたりと、実体としてのお金は消えつつあります。おそらくこの流れは止まらず、いずれ「お札・小銭」はなくなっていくに違いありません。


 貨幣というものは本来、価値の交換として発達してきたものです。一番初めはいわゆる「物々交換」であるし、社会が複雑になり経済が拡大するにつれて「紙幣」が登場したのです。

 しかしその本質はなんら変わることはなく、お金というのは価値の交換なのです。


 人間が価値を認めているから紙幣が力をもつのです。道端に1万円札が落ちていたら、人間なら誰でも拾いますが、牛なら踏んづけていくはずです。ヤギならむしゃむしゃ食べるかもしれません。

 現代ではお金そのものが商品となり、世界を動かしているのです。純粋に価値の交換であるなら貧富の差など、今日ほど大きな問題とならなかったでしょう。


 お金を得るためには働かなくてはなりませんが、その本質は世の中の、人の役に立つということです。

 自分が役に立てて、人から「ありがとう」と感謝の言葉がもらえれば、人間は充足感を感じられる。そこには「役立つことをした」というエネルギーと、「して頂いたこと」への感謝としてのエネルギーの交流・交換がおこります。

 このときの便利なコミュニケーションの道具として「お金」が存在するのです。

 お金を得る手段も大事です。「君子財を愛す これをとるに道あり」という言葉がありますが、人や社会に迷惑をかけて不正な手段で得たお金は、そのエネルギーが汚れているのです。(もちろん見えるわけではありませんが)

 それが身体を循環するのだから、人相も変になるし、健康も害してしまうことになる。まさしく「悪銭身につかず」です。 エネルギーというのはその質が良く、滞りなく循環しているのが自然だと思います。


 人によってはお金に否定的な想いを持っている人もいます。 お金で人生を台無しにしたり、現代の貧困問題の現状をみると「お金=悪」という考えが起こってくるのも仕方がないといえます。

 しかし、お金が悪いのではない。使う人間の意識の問題なのです。お金がなくては生きてはいけません。それは生命力と関係するといえるでしょう。

 お金を否定すると生命力まで落ちてくるのではないかと思います。 「君子財を愛す・・・」の通り、お金を愛?せばいいのです。

 また「利は義の和なり」という言葉もあります。利益というのは義:正しいこと:の和であるという意味ですが、正しい手段方法でお金を得るには何の問題もありません。むしろたくさん利益を得られる活動をする人、企業は、それだけ社会に貢献しているともいえるでしょう。

 またそういう活動をしている人は生きがいを感じているにちがいありません。

 お金は生命・健康と深く関わっています。お金によって生命の存在が脅かされるような今の地球は、やはりおかしい。一人一人の意識の変革が必要な時代に来ていると思います。