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理念と喜び
生命の流れは一方方向です。時計の針を逆に戻す事はできません。生命が成長していく姿をみると、その事を強く感じます。
それは時代の流れをみていてもその通りです。歴史というものは短い時間では変わったようには感じませんが、十年一昔という言葉もあるように、長い目で見れば明らかに変化しています。
そういう意味で人の成長も気長に待たねばならないのでしょう。いずれ小さな子どもも成長して思春期になり、巣立っていきます。それは止めることの出来ない生命の流れです。
さて人間には他の動物と違って『イマジネーション』想像する力が与えられています。また発達した大脳のおかげで『抽象思考・考える力』が備わっています。
それゆえ発明・発見があり、芸術・文化の創造がなしえるのです。とすると先程の時間の一方方向への流れをみても、人間は未来を志向し、創造する力があると言えます。
人間は空想し、そのイメージしいことを現実に顕(あらわ)したい生き物なのです。過去に捉われるなとよく言われますが、変えられない過去よりも、未来は創造する余地が十分にあるのです。
もちろん過去の体験は無駄になるのではなく、それを生かそうと心がけた時に光り輝きます。
そうすると『どのような未来』を想い描くかが重要になってきます。一度きりの人生か、生まれ変わっての人生があるのかは別として、貴重な人生の時間ということには変わりありません。
例えばプール・外車付きの邸宅に住みたいという夢があって、それが叶ったとしましょう、でもそれがその人にとって、最善、最適の選択であったのか?・・・誰も伺い知ることは出来ません。
最善・最適な選択をするためのより確実な方法は、人生の究極の目標ともいうべき理念、志を見出すことです。
何故生きているのか?そんなことを考える必要はありません。大きな力によって生かされて生きているのです。だから、与えられた人生の中で『何をしようか』と考えたほうがいいのです。
自分が心底やりたいことは何か? 一生費やしても悔いのないことはなにか? 自分はこういう生き方がしたい!・・・そこまで大きく考えられない人は、自分が好きで打ち込めることが手がかりになります。
こういった本当の願望といったものは心の奥底に眠っています。そして見出されるのを待っている状態なのです。心の奥底の輝いた鉱脈までに石や砂利などの不純物がたくさんあって、発見をジャマしているのです。
だから鉱脈を発見するまで掘り進む必要があるといえるでしょう。もちろん最初からその鉱脈に出会い、それを露天掘りした人、天才と呼ばれる(絵画のピカソのような)人もいるわけです。
でも誰しも天才となる可能性はあるのです。 私たちは生まれてこの方、自分の能力にフタをする教育、依存教育ばかりを受けてきました。 本当に能力を発揮できる『自立教育』を学んでいないのです。
人生の理念・志は自分の能力を発揮し、自分の人生を最大限活かしていくのに必須のものです。これがあれば、何かに迷った時にも正しい方向を指し示してくれる羅針盤になります。
そして理念には必ず『自分からそうしたい!』という自発性がその根本にあるのです。だから頑張れと言われなくてもやってしまうのです。そしてそこに必ず『喜び』の感情が伴うものです。
喜びの心がない人生理念は本物ではありません。喜びの心というのはとても大切なものなのです。
この荒れた地球の現状にあって、一人の人間が活き活きと喜びをもって生きるということは、それだけで、大きな貢献をしていることになります。
そしてさらにその喜びを人に与える、人の役に立つという行為をすれば、相手から感謝の念が返ってくるので、その喜びのエネルギーは循環し、倍増します。
良好な人間関係の本質はここにあるのです。もちろん人の役に立つという行為は、そのタイミングが大事です。
人生の理念によって、自分の人生を活かし、世の中の役に立ち、喜びの循環を体験できるのです。

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